|
The pure and the tainted
29.
「ッ!!」
衝撃が全身を伝う。
システーマC.A.Iの防御機構ですら吸収しきれない威力が、大気を通じて獄寺を襲っていた。
振りかぶられる鋭利な爪と、薄汚れた巨大な歯が、
目の前の“獲物”との間を阻む防御壁に、苛立ったように攻撃を加え続ける。
たった3体と数えるべきか、3体も、と数えるべきか。
――なんて馬鹿力だよっ!
こんな化け物の攻撃を、山本もシュラもいなしたというのか。
戦闘能力の差異は理解していたが、思った以上の強力さだ。一撃一撃の重さ。
触れた端から分解する壁の能力が追いつかない。
――こんなのが、街に放たれたら。
少なくとも、獄寺以上の防御力と、山本並の攻撃力を持つ者はボンゴレでも数えるほどしかいない。
ましてや一般人――警察や軍隊程度の力では、一方的な虐殺に等しいだろう。
ガアアアア、と化け物が吼える。
それをいとおしそうに眺める女が、に、と口端をつりあげた。
「ここにこれがあるのが不思議?」
赤毛の女から引きずり出した記憶には、実験体の稼働時間が刻まれていた。
それを全面的に信じたうえでの破壊工作――もちろん、こうなることを、考慮に入れなかったわけではない。
防御という意味でならば絶対的な自信はあった。だから、行動を決定した。
しかし、直前に食らった予想外のダメージが蓄積し、ただ耐えるほかなすすべがない。
「これはね、あんな浮浪者をベースに作ったものとは違うの。
あなたたちのために、私が、ずっとずっと温めていた実験ですもの――だから、あなたたちとあたらせるのは、
特別なものにしようと思っていたのよ」
「……失踪の犯人はやっぱりてめえか」
「気づいていたんでしょう? ふふ、でもこれは社会貢献ではなくて? 荷物を有効活用したんですもの。」
反吐が出そうな言い分だった。
追い詰められる。獄寺の身体は徐々に逃げ場を失くしていく。
「知能も多少は残っているわ。複雑な命令も多少はこなせるの」
女が指を鳴らした。
何かの合図だということは直ぐにわかった。
事実、防御壁を引き裂こうとしていたそれらが攻撃をやめ、探るように一歩退いたのだ。
「――私、あなたを殺すつもりはないの」
「どういうことだ」
「そうね――あなたの生体エネルギーはさぞや強力なものになるでしょうね。
その綺麗な顔が二目と見れない化け物に変わるのは残念だけれど。
実験の向上に利用させてもらうところから始めましょう。
あなたは大切にされているみたいだから、あなたがベースになった実験体と対峙する羽目になったボンゴレは
困るでしょうね。この世界の技術では、元に戻すことなんてできやしないもの」
“この世界”の技術――女は確かにそう言った。
――まさか、こいつ!
獄寺の脳裏にひとつの仮定が過る。
女の目にさまざまな感情が去来している。
長年、閉じ込めていたものの蓋が決壊し、一気に溢れだしたかのように、その感情はひとつとして定まらない。
狂っている、と形容してしまえば簡単だった。
だが、そう断定して話を終えてしまってはいけない――
これは、おそらく今後、かれらが知り、その対処を考えておかなければいけない問題だ。
考えろ、と獄寺は自らの意識を鼓舞する。
防御機構を作動させるだけの意識と、思考する意識。均衡を取ることの苦労は、いつだって乗り越えて来たはずだ。
「てめえは――いったい何者なんだ」
あら、と女の眉があがった。
「私に興味を抱いたの。珍しいことがあるのね」
「自分を殺す相手のことくらい、知りてえのは人情だろう?」
“珍しいこと”がある――間違いない、彼女は、ボンゴレを知っている。
この世界ではない、べつの世界で。
そして、たしかに、彼女はかれらを恨んでいる。
ふ、と女の表情が消えた。
「――私の、」
消え入りそうな女の声を聞かせるために、空間が静寂を生み出したようだった。
「私のあの子も、あのひとも、自分を殺した相手なんて知らずに、死んだわ」
「なに……?」
「それどころか、なぜ死ななければいけなかったのか、どうして死んでしまったのか、
それさえ分からなかったでしょうね」
広げた両手を、女がゆっくりと胸元に組み合わせる。
何かを思い出したのだろうか。目じりに浮かんだのは、涙。
どんな命令系統を使っているのかわからない。
米軍では精神に干渉する機械を開発していたくらいだ、脳波による指揮など行えて当然と考えるべきだろう。
昨日のそれと違い、知能があると思えたのも、彼女の脳波とリンクしているからか。
化け物たちはぴたりと動きを止めている。
その隙を獄寺は見逃さなかった。
防御に割いていた分の波動を攻撃エネルギーとしてチャージする。
だが、
「――おやめなさいな」
女が目元の涙をぬぐって、言った。
「言っておくけれど、マフィアの匣兵器ではこれの外皮装甲は崩せないわ。そういう設計にしたんですもの」
「信じろっていうのか? これは、門外不出の兵器だぜ?」
「この世界では、そうだったのでしょうね」
繰り返された言葉。
化け物たちが体を震わせた。
女の合図を待っている。攻撃のタイミングは、明らかに逸していた。
――やはり。
「並行世界の知識――!」
続けざまの出来ごとは、すべてがほぼ同時に起きた。
女の口元がえげつないほどの笑みを刻む。
獄寺は目を見開く。
化け物たちが一斉に床を蹴った。
――しまった、
天井すれすれの位置に飛び上がった化け物が頭上に降り注ぐ直前、獄寺はみずからの防御壁に波動をめぐらせる。
そして。
肌に触れる空気が逆巻いた。
室内の空間が何かに吸い込まれるように、凝縮した。
時間にすればわずか1秒にも満たなかった。
化け物が開けた壁の穴。その向こうで閃いた白刃の閃き。
建物全体を揺るがす衝撃の剣撃が化け物たちを薙ぐ様は、獄寺の目にはスローモーションに映った。
化け物の身体が反対側の壁に激突し、のめり込む。
巻き添えの剣風で女がよろめき、悲鳴をあげた。
「山本!?」
「無茶するなって、いつも言ってるだろ!」
燃え盛る青い炎が刀身にまとわりつく。
いつにもまして激しい輝きが、第一声の告げた通り、山本の怒りを露骨に表していた。
「獄寺の馬鹿っ!!」
「は――いきなりなんだてめえ! ケンカ売りにわざわざ来たのか!?」
「いきなりじゃねーよっ! 黒幕んところひとりで行ったって――てっきりデスかロディが一緒だと思ったのに!」
「なに寝惚けたこと言ってやがる。馬鹿はてめえだ! 一般人を護衛につれてくなんてできねえだろうが!!」
「だったらシュラはいーのかよ!?」
「あれは仕事だろ!? ――てめえ、仕事、任務はどうした!
「仕事じゃなくても、デスもロディも、あんな物騒な一般人いねーよっ!」
「山本っ!」
「ふたりから聞いて――心臓、止まるかと思ったじゃねーか!!」
絞り出すように言った山本は、見れば、送り出した時よりもはるかに乱れた衣服で、呼吸も不規則だ。
一仕事終えたあとだということは、一目瞭然――
待機を頼んだデスマスクとアフロディーテが山本に情報を流し、休む間もなく駆け付けたに違いない。
どのみち合流する予定だったが、獄寺が想像するよりはるかに速いタイミングだったため、驚いただけだ。
いくら山本とはいえ、仕事を放り出して方向転換することなど――ない、と言いきれないあたり、
どれだけ愛していても、いまひとつのところで信用できない経験が溜息をつかせる。
がら、と瓦礫が崩れる音。
はっとして2人、首をめぐらせる。
山本の渾身の一撃によって、叩きつけられた壁から、化け物たちが持ち直し始めていた。
「あり。結構、マジに討ったんだけど」
「――気をつけろよ。アレは、てめぇらが潰してきたのとは違うらしいからな」
「マジで」
山本の口元がひきつった。
語尾に女の声が重なる。
勢いで横転したソファにすがりながら立ち上がり、
「速かったのね、ずいぶん。やはり浮浪者ベースでは性能が劣るようだわ」
山本が両手で刀を握り、構えなおす。
「おかげさんで、こっちには強力な助っ人がいっからな――それよか、あの装置、あれなんなんだ?
見たこともねー装置だった。デスもありえねーって言ってたぜ」
女から答えは返らない。
獄寺は女に観察眼を注いだ。
山本と合流したことによって、驚くほど気が軽くなっているのは、事実だ。
行動のバリエーションも増えた。警戒に全力を注がなくても構わない。
山本の疑問に答えるのは、どうやら獄寺の役目のようだった。
「並行世界だ」
「へいこうせかい、」
「もう忘れたのか、この馬鹿」
ある組織の名を告げる。
10年前の自分たちが、10年後の未来で対峙し、闘った相手。
あのとき、自分たちは知ったはずだ。
未来はひとつではない。無数の選択が生み出す、無数の分岐点、無数の可能性。その数だけの、未来。
山本が目を瞠る。
女の表情が変わる瞬間を、獄寺は見た。
「――忘れるていどのことなのね、あなたたちにとって。けれど――知ってはいるのね。
そう。……そうね、やはり、あなたたちは許せない」
「獄寺っ!!」
名を呼んだ山本が前傾に身を乗り出す。
横薙ぎに払う刀身、火花を散らす鈎爪。遠心力のまま振り抜き、飛び掛かってきたもう一体の胴を打ち抜く。
残る一体――獄寺は攻撃に打って出た。
炎をチャージする。開匣。左腕に装着する砲身。引き絞る炎――
「くらえッ!」
極限まで練り込まれた炎の弾丸が化け物の身体を弾き飛ばす。
しかし――
「獄寺、こいつら、前のより硬くね!?」
「オレら用に外皮装甲を作ってんだ、表面に炎は効かねえんだよ!」
「じゃ、どーする!?」
攻撃を幾度うけてもダメージを負った様子はない。
ただでさえ素早い化け物の機動力に、ふたりは防戦一方を余儀なくされる。
縦横無尽に襲いかかる化け物相手。しかも数はあちらが上回っている。
――首を落とせばいい。
アフロディーテはそう言っていたが、この状況で実行するのは至難の業だ。
――外皮装甲は炎を徹さない。
だが、内部はどうだ?
人間を改造した化け物。
それはすなわち、血肉の通う生命体であることを意味する。
「山本! 無理に首を狙う必要はねえ、傷をつけろ!!」
山本の背後に迫った化け物を撃墜しながら、獄寺は叫ぶ。
2体が繰り出す凶器を捌き、蹴りの一撃で間合いを置いた山本が一瞥を寄越す。
獄寺の言葉に疑問を抱きもしない。
了解、と口元が動く。
刀身が鋭く輝く。
かすり傷でも構わなかった。驚異的な回復力を持つと言うのならば、傷口が癒える前に。
――体内に直接、炎を撃ち込む!
砲身を構え、狙い定める。
獄寺の視界は、山本の動きを中心に据えた。
宙を裂く白刃。
「――1匹目!」
切っ先が肩口を斜めに走る。即座に山本は身を返し、続く2体目に向かう。
生じた傷口目指して、獄寺は炎を撃ち出す。
軌道を負う余裕はない。
「2匹目!」
山本の振う刃は、忠実に獄寺の指示を実行していく。
同時にかれは獄寺の意図を汲み、ぎりぎりのバランスで体勢をよじる。
2体目の傷口に炎を撃ち込むとほぼ同時、1体目の化け物が身の毛もよだつ断末魔をあげた。
「っ、」
耳を覆いたくなる強い誘惑に耐え、獄寺は下がりかけた砲身をあげる。
最後の1体――山本の右手が大きく弧を描く。
「これで終わりだ!!」
ありったけの炎をチャージした最後の一撃――素早く体勢を整えた山本の背中が獄寺を庇うように立つ。
だが、その必要がないことは直ぐにわかった。
地面に崩れ落ちる化け物。
傷口が回復を促進して体液が泡立った。
「……」
治癒は叶わなかった。
獄寺の撃ちこんだ嵐の炎が、化け物の細胞が結合するより速く、分解を促していく。
何らかの化学反応が生じた。
やがて、化け物の身体が白い煙をあげ、蒸気と化して宙に融けていく。
「――! 獄寺、彼女は!?」
一息つく間もなく山本が顔をあげた。
扉を振り向く獄寺の耳に、足音の残響が届く。
舌打ちをひとつ、ともすれば力が抜けそうな膝を叱責して、獄寺は身を翻した。
「追うぞ!」
「りょーかい!」
あと一息。
逃すわけにはいかない。
気力を振り絞って、2人は駆け出した。
|