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The pure and the tainted
28.
その部屋は、誰が見ても応接室にしか見えない、典型的な空間だった。
巨大企業の輝かしい業績を、対外的に誇示するための演出が随所に施されている。
壁にずらりと飾られているのは、WWTからWWUにかけて、フェロー兵器工業が開発してきた兵器のフォトグラフだ。
これらのひとつひとつが、一体、何人の命を奪ってきたのか――誇るべき社史としてはあまりにも血生臭いそれは、獄寺の目には悪趣味としか映らなかった。
案内役の年若い秘書の勧めたソファには座らず、獄寺は立ったまま、改めて居住まいを質した。
僅かに薄暗いのは電力量を抑えるためだろうか。
どこで監視の目が光っているのかわからない。
――もし殺る気なら、ここでガスのひとつでも流すところだぜ。
天井間近のダクトに視線を走らせる。
何か仕掛けてくるかと思ったが、待ち時間は、純粋な気力の勝負だけとなった。
臆す気配ひとつ見せず、獄寺は黙って相手を待った。
沈黙。時計の針が進む。
こうした忍耐勝負ならば、今の獄寺にはまず負ける要素はない。
銀糸の髪に指を通す。
重厚な扉が勿体ぶって戸口を開いたのは、間もなくのことだった。
――やっとお出ましか。
現れたのは、ジョバンニ・フェローで間違いなかった。データで見た通りの、典型的なイタリア人といった壮年の男。
その後につづく女は、人種でいえば確実にラティーノではない。
やけに冷たい、そのくせ執念深そうな視線が獄寺に注がれている。
態度だけ見れば秘書だろうが、はたして――そう考えていた矢先、
ラティーノらしからぬ挨拶抜きの非友好的な仕草で、男が口を開いた。
「実地実験の開始から24時間経っていない。よくもまあ、こんなに早くここまで来たものだ」
正面の椅子に周り込んだ男は、やけに年寄りじみた動作で腰を沈める。吐きだした言葉は流暢なアメリカン。
襲撃者たちとの関係性が即座に結びつく。
だとすればカタや礼儀は不要だ。獄寺は注意深くふたりの登場人物を見ながら、
「お宅の鉄砲玉どもが余計なことをしてくれたからな。おかげで時間が短縮できたぜ。
――そうだな、ものの数十分ていどは」
「ふむ。ボンゴレとは相当、大きな組織のようじゃな」
喉に痰が絡んだような咳。口調までもが老人のようだ。
獄寺は視線をわずかに眇めた。
このイタリア国内で、軍事産業に携わる者が、ボンゴレを知らないことなどあるはずがない。
――直接の取引はしてねえが。
多かれ少なかれ、どこかで接点はある。
極力平和的な活動を心がけていたとしても、世界各地の兵器需要は常に莫大だ。
パワーバランスを図るため、一定以上の輸出入ルートはボンゴレが管理している。
生じる違和感。
フェローが、咳こむような乾いた笑いをたてた。
「そうでなくとも、こういう案件では短絡思考のヤンキーと手を組むのは考えものじゃ。
わしが言えた義理ではないが」
女に向けられる口先。
黙ったまま、彼女は同意を示すでもなく目を伏せた。
違和感は募る。
だが、その正体を探る悠長な時間はなかった。
席を勧めもしない相手に敬意を表してやるつもりもなく、獄寺は、改めてフェローを振り向いた。
顔を向けるタイミング、角度。視線の添え方。それらはすべて、対外的な面において計算づくで発揮される。
現場での自己演出を獄寺は充分に心得ていた。
「単刀直入に訊くぜ。――あの実験は、いったい、何だ?」
ひとつひとつの言葉を区切る。
魅入られたように双眸を緩めた男に、女がさりげない咳払いで促す。
悪戯を叱られた子どものように肩をすくめた男が、首を振って表情を改めた。
「何だ、と思うかの?」
「フェロー兵器工業が政権交代で既得権益を失い、赤字経営に落ち込んだのは調べがついてる。
新政権に新しい兵器を売り込んで、経営回復を図ったってところだろうが」
「ふむ」
どうかね、と今度は男が生徒の回答を確かめる教師のような口調で女を見る。
女がゆっくりと頷いた。
一瞥を向けた先、待ちうけていたのは不気味なほどの無表情だった。
――油断ならねえな。
デスクワーク従事者然としているが、何をしてくるかわかったものではない。
自らに言い聞かせながら、
「おおかた、そのお披露目が“あれ”の市街地への投下ってことだったんだろうが」
「実験の成果を見せるまでもなく、邪魔が入った、というわけじゃ」
近代科学兵器の数々に匹敵する能力を持った“生き物”。
しかし、ミラノにはボンゴレ十代目の本拠地があり――
ボンゴレだけではない、人智を超越した能力を持ったそのほかの住人も、いた。
「実際、想定外だったのではないのか?」
ええ、と再び女が頷く。
秘書だと思っていたが、どうやら彼女のポジションはまったく別のものらしい。
案の定、続く言葉は女の朱唇から紡がれた。
「けれどイタリア国内ならば、いずれ巡り合えるとは思っていたわ。
こんな非人道的で、しかも、現行の科学兵器とは異なる兵器の実験をしていんですもの。
もしもあなたたちが噂通りの組織なら必ず目に停めるでしょう。
そのためにイタリア国内にパートナーを探したんだもの」
「ほう、だとすると、ボンゴレとの邂逅はおまえさんの計画の内ということかの」
はっとして獄寺は女を振り返る。
含み笑いの男の言葉に、女は答えない。
重量感のある沈黙。獄寺は、女を凝視した。
「――人体実験だってのは、本当なのか」
「……人間を改造する技術であることは間違いないわ」
「非人道的だってえのが分かってるなら、オレが言うまでもないだろうが。
人体実験なんざ、世間の耳目が黙っちゃねえぞ。今すぐ辞めろ」
「世間の耳目ですって?」
女の表情が歪んだ。
耳障りの悪い高笑いが響く。
「マフィアのあなたたちが、世論をたてに取るというの。おもしろい冗談だわ。
世論なんて、どうとでもなるのではなくて?
本来、凶悪な犯罪者であるあなたたちが、現に今、正義の味方のフリで振舞える。
世論なんて、力のある者に傾くのがセオリーでしょう?」
「オレらが世論を操作したとでも思いたいなら好きにしろ。
あんた、イタリアに来て日が浅いだろう。そうじゃねえことは直ぐ分かるだろうからな」
女の哄笑がぴたりと熄んだ。
冷たい笑みのまま、ゆっくりと、女の表情が凍りついていく。
「――よくも、そこまで自分たちを正当化できたものね」
「どういうことだ」
「もういいわ。少しは罪の意識を持っていると思ったけれど、さすがに薄汚い連中。
あなたたちとの話はおしまい。やってちょうだい」
何の前触れもなかった。
フェローの両手があがる。
緊張感が獄寺に最高のタイミングでの反応を促した。
指先に灯る炎、開匣、かれを取り巻く鉄壁の壁。
「――!」
金属音が立て続けに弾け、システーマC.A.Iの防御機構に無効化される。
男の両手の拳銃から撃ち出される弾丸をことごとく死に弾と化し、獄寺は後方へと身を躍らせた。
壁を背に、扉ごと2人を視界に捉える。
その瞬間、
「……!?」
激しい耳鳴りが獄寺のこめかみを突きぬけた。
膝から力が抜けそうになる。
目の奥に火花が散る錯覚。重い金属が脳を掴みあげ、乱暴にかき交ぜるような痛みと不快感。
「てめえ、何をっ、」
フェローの手から銃が落ちる。
驚くべきことに、男の身体はそのまま崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。
――身体を明け渡せ。
絶え間なく襲う痛みに、不意に言葉が混ざる。
――意識を手放せば、その痛みはなくなるぞ。
「っ!!」
奥歯を噛みしめる。
痛みと不快感から解放されるならば、縋りついてしまいたくなる誘惑に、抗う。
「……っざけんな、」
ぎりぎりと全身の骨が軋むようだ。
ついに、片膝が地面に触れる。
――強情じゃな。どれ。
「!!」
緊縛感を増した痛みに、身体がのけ反る。脂汗が額に滲んだ。
――抗えば抗うほど、辛くなるぞ。ほれ、さっさとその身体をわしに明け渡せ。
「っ、ざっけんな……っ!!」
発動させたC.A.Iを辛うじて維持しながら、獄寺は片手でみずからの髪を鷲掴む。
10年まえ、憑依弾によって骸に身体を支配された記憶がよみがえる。
あのときの記憶は一切残っていない。
まるで眠りに落ちるように意識が途絶え、同じように、目が覚めるのと同じ感覚で意識を取り戻した。
――ほう、憑依とは、おもしろい能力者がおるものじゃ。ふむ、それでおまえさんは、大切な者を傷つけた。
「!!」
――ほっほ、それでこうも抗うか。
じゃが安心せい。この装置でわしの操り人形にされれば二度ともとには戻らんよ。後悔もせんで済む。
「……――冗談じゃねえ!!」
声を振り絞り、全身で叫ぶ。
大量の汗が白い肌に吹き出す。前髪を滴ったそれが視界を邪魔したが、もとよりかすんだ目元だ。拭う必要もない。
「てめえらの思い通りになってたまるか!」
叫ぶ。無視できない痛み。気力で抑え込む。
装置だと言った。脳に直接働きかけると。
――だったら、働けなくすりゃいい。
炎が大きく揺らいだ。
無数の属性の炎が体内を駆け巡る。
物質に影響を及ぼせる炎のちからならば、自らの体内組織に効力を発揮させることもできるはずだ。
現に晴の炎は細胞を活性化させ、雷の炎は身体を硬化させる。
鎮静――分解。意識を、介入する力を鎮めて、分解する。たちのぼる炎の色が変化した。
――……なんじゃと!?
閃光が炸裂した。
身体から力が抜けていく。
がくり、と両膝が柔らかい絨毯を感じた。
「……っ」
痛みと不快感が消えると同時に、声が遠のき、届かなくなる。
肩で荒く息をしながら、獄寺は顔をあげた。
「――てめえは、何もしねえのか」
見据えたのは女。
「米軍御謹製の兵器だかなんだかしらねえが、オレらを舐めるのも、たいがいにしろよ……!」
ジョバンニ・フェローは操られていた。
目の前の女が主犯であり、元凶であることは、今や明白だった。
特殊能力を駆使する脱走兵の傭兵たちを使い、かれらを襲撃させ、拉致させようとしたのも彼女だろう。
どこからどこまでが彼女の手によるものなのか、それは未だ分からないが、追及するのはあとでも出来る。
痙攣する筋肉を押し黙らせて、獄寺は片腕を支えに、身を起こす。
だが――女と視線が合った瞬間、獄寺は、その表情が浮かべる感情にさらされ、口を閉ざした。
「ほら――みなさい」
空洞のような虚ろさと、計算高い冷徹さが短い時間の間で何度も交錯する。
憎悪、虚脱、怒り、混乱――そして、悲哀。
「そのおかしな兵器。未知の力。どれだけ綺麗事を言っても、あのときと同じ。
あなたたちは殺人兵器を研究し、殺人の技術を磨き続けてきたじゃない。
マフィアが正義を振りかざしたって、けっきょくは力でものを言わせるのよ。
あのときから、変わってもいないわ」
「――!?」
いずれ巡り合えると思っていた。女はそう言った。
そのためにイタリア国内にパートナーを探した。
マフィアとの邂逅も計画のうち――それなのに、今の女の言葉は、明らかに、過去、かれらとの接点を示していた。
「てめえ、何者だ……!?」
「今のあなたには分からないでしょうね。いいのよ、そんなもの求めていないわ。
私はあなたたちが苦しむ姿を見たいの。
米軍の兵器なんて、初めから問題外よ。あなたたちのために、私はあれを作ったんですもの」
「!」
「私の作った兵器が、マフィア相手にどこまで通用するのか、見せて頂戴」
女が組んでいた腕を広げた。
その手に何かの装置。ことさらゆっくりと、獄寺に見せつけるように、女の指先がそれを押す。
ガンッ、と重い衝撃が部屋を襲った。
女の背後で、壁にかけられたフォトグラフが華々しく落下する。
「なんだと!?」
見覚えのある鈎爪が壁を抉る。
またたく間に崩れ落ちた壁の向こうからは、凶暴な雄たけびを上げた異形の化け物たちが、ゆっくりと姿を現した――。
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