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The pure and the tainted
24.
ミラノから車で一時間弱。
敷地面積約200,000平方メートルを山本にわかりやすく説明するならば、東京ドーム5つ分の規模だ。
その1/3を占めるのは、地上3階建ての建物。
ほどよく緑を配置した広大な敷地のなか、白い外壁は、
一見すると、兵器工業という物騒な企業の研究所とは思えないほどの平穏で佇んでいた。
鉄条網で覆われているわけでもない。
重火器を構えた監視や護衛が目に見えて警戒しているわけでもない。
ともすれば侵入すら容易そうな研究所は、
しかし、実のところ最新鋭の警戒装置で蟻一匹の移動にすら目を光らせ、
張り巡らされた不可視のレーザーが、侵入者の体に容赦なく熱線を浴びせさせる仕組みだ。
「科学力なら負けるかよ」
ボンゴレ舐めんな、とつぶやいた獄寺はむしろ嬉々としてハンドルを握り、研究所の裏手にある隘路を進んだ。
バックミラーを一瞥、見事なドライビングテクニックで後につく山本のバイクを確かめる。
即座に視線は手元に引き寄せ、スピードメーターの真上に置いたモバイルPCのディスプレイを見る。
「――このあたりだな」
サイドブレーキを引いた場所、目の前には申し訳程度のフェンスが待ち受けている。
この近距離で警報ひとつならないということは、
ボンゴレ本部で行わせている警報システムへの介入は成功しているといっていい。
単なるジャミングではなく、完全なるステルス技術が、
最先端科学を駆使した兵器工業の研究所にも通用したことは貴重な実地体験だ。
車外へと出る。
日が昇りきるまえの風は思った以上に冷たい。
今日はよく晴れるだろう。気温があがらないのもその所為だ。
煙草を吸いたいと思ったが、思い直して手を下ろす。
傍らには、いつの間にか山本が近づいていた。
「な、本当にその作戦でいくの?」
背に負った日本刀の位置を直しながら訊いてくる。
着替えたばかりのスーツは、昨日から立て続いた戦闘を微塵も伺わせないが、間もなく、汚れてしまうだろう。
クリーニングが大変だ、と思考にワンクッション置いてから、
「変更はねえよ。――せいぜい気張ってけ」
「でも」
「うだうだ言うな。大丈夫だ、てめえがきちんと仕事をこなしゃ、オレに危険なんざ及ばねえよ」
「……うん」
不承不承といった態で頷く。
仕方ない。山本の心配は、獄寺にもよくわかっている。
――現在、警報システムへの介入と同時に、研究所内の見取り図を衛星写真から解析させている。
逐次、獄寺の手元に送られているその情報をもとに、山本は先んじて“化け物”たちの始末にあたる。
侵入と破壊工作が行われている裏で、獄寺は、正面からフェロー兵器工業のトップと話をつける。
「政府も公認の正式な面会だ。うかつな真似をすりゃ自分の首を絞める。あちらさんもわかってるだろうさ」
「……気をつけてな」
「それはこっちのセリフだ――おまえも、シュラ」
先ほどまで山本のタンデムシートでおとなしくしていたシュラも、すでに臨戦態勢だ。
山本と似たような長身の男は、剣呑にもとれる鋭い眼差しで研究所を見据え、獄寺の言葉に頷いた。
助手席の窓が開き、身を乗り出したのはデスマスクだった。
顔色は優れないが、はりついたような片笑みは相変わらず、
「せいぜいきっちり仕返ししてやれよ」
「おまえこそ、せいぜい正しい情報を流すんだな」
「わかってますって。ナビならお手のものよ、俺?
心配すんなら、ボンゴレがどんだけ正確な情報を流してくれるかって方だ」
モニタリングされた内部情報はデスマスクがリアルタイムで破壊工作班へとナビゲートする。
通信傍受の危険は、超能力という便利なツールが回避してくれる。
「ま、シュラとタケシじゃ、相手させられるほうに同情しちまうわ。こっちにゃロディもいる。
タケシ、そんなに心配しなさんなって」
振り返った山本の目線の先では、後部座席の窓越しに手をふるアフロディーテの姿がある。
傍らには意識をなくしたままの赤毛の女――放置せず、連れてきたのは万一のときに役立つ可能性を考慮した保険のようなものだ。
「わたしがいいと言うまで起きないよ」
アフロディーテはそう言い切った。
確証のない言葉に信憑性はない。
それなのに、あまりの美貌が当然のように紡いだ言葉には不思議な説得力があった。
曖昧な根拠に任せることはまったくもって獄寺の本意ではなかったが、
警戒をしていればさほどの驚異でもないと判断し、結局、委ねることにしたが。
短いため息。
獄寺は山本の肩口あたりを、裏手で叩いた。
一瞬、垣間見せるのは微笑み。滅多に見せない表情が山本にどんな効果を与えるのかは、計算づくだ。
声を落として囁きかける。
「あいつらにばっかりでけえツラさせられねえからな。頼むぜ、山本」
「ごくでら」
「おまえがさっさと果たしゃ、オレが中に入るころには合流できるだろ。
――だからって、焦って無駄な殺しはするなよ。罪のねぇ連中にまで手をかけんな」
実験の被害者たちを思えば胸が痛んだが、元に戻す方法を模索している時間はなかった。
あそこまでの極度の人体改造を、果たして、治癒できるほどの技術力をボンゴレでは想定しきれないことは、
既に、確かめてある。
もし可能ならば、解決策を見いだせるまで殺さずにおきたいが――獄寺は、それを口にはしなかった。
あの化け物相手に仏心を発した瞬間、何が起きてもおかしくはない。
万が一、脱走されて街中に解き放たれては惨事だ。……否、それは綺麗事だ。獄寺は杞憂している。
彼の頼みならば、命を二の次にしてでも叶えようとする山本のことを。
死なねーよ、とへらへら笑う影で、何度、死にかけたかわからない。
繰り返し味わった、喪失への恐怖と後悔。
覚悟ならばいつでもしているはずのそれを、こんな状況で天秤にかける自分を軽蔑する。
一瞬にして獄寺の脳裏によぎった考えを、こんなとき、山本は本能的に嗅ぎ取る。
「任せとけって」
能天気な笑顔。獄寺の手首のあたりに、自らの手首を交差させる。
その一言が何を、どこまで内包しているのか。獄寺は、いつも確かめそびれていた。
山本が目線をシュラに送る。
浅い首肯が返ると同時、ふたりの長身は宙に舞った。
感知システムが無効化された場所でフェンスを音もなく飛び越える。
敷地への侵入は、あっけないほど簡単に達成された。
あらかじめ決めていた分の侵入経路を走りながら、山本は、
「な、シュラ。それさ、どこまで斬れんの?」
先行しながらこちらに一瞥を返したシュラの横顔には表情はない。
それでも律儀に答えが返った。
「数か、質量ですか」
「あー……どっちも」
「――斬ろうと思うだけ。だがいまは制限がある。極端なことは」
できない、と告げたシュラは、風を巻いて走りながら、もう一度、山本を見る。
「おれとあなたでは戦い方が根本的に違う。同じことをしようと思う必要はないだろう」
「あり、バレてた?」
「おれは馬鹿の一つ覚えだ。が、あなたは違う」
炎を操ることで威力は自在に、手数は多彩な剣技で。
心中に密かに生じていた強さへの渇望、否、焦燥があっさり見抜かれていたことに、山本はとぼけるように小首をかしげる。
その挙動を見たシュラの横顔が初めて緩んだ。
「だが、盗めるものがあると認められたなら、光栄だ」
言いながら、おもむろに前に出たシュラは、建物の角から現れたガードマンに出会い頭の神速で手刀を打ち込む。何が起きたのか、山本でさえも見失いかけた。
きっと、かれらは目覚めても侵入者に気づくことはないだろう。
事実、シュラの移動速度は人間が感知できる範囲をはるかに超越していたのだ。
改めて見せつけられた技量に、山本は軽く口笛を吹く。
そして、
「頼りにしてるぜ、相棒――でも、負けねーよ?」
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