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The pure and the tainted
22.
ほう、と老人の嘆息が聞こえた。
スマートフォン・サイズのモニターに落としていた視線をあげる。
「やられたようじゃの」
この老人が、各人が脳に埋め込んでいる電極を通じて、脳波によるモニタリングを行なっていることを、
青年はあまり快く思っていなかった。
だが、青年は老人を非難できない。
彼だけではない。
彼の姉も、粗野なあの男も、死んでしまったあの女も、ともすれば存在さえ見失いかける希薄な気配の老人には、意見することは難しい。
軍を脱走し、生きる糧を与えてくれたのは、老人だ。
今回のようにチームで動くことは稀だったが、
いわば、老人はかれらのエージェントでもあり、ネゴシエーターでもあり、リーダーでもあった。
老人がモニターの電源を落とす。
素っ気ない控え室の、素っ気ない照明だけが空間を支配しているようだった。
沈黙に耐えかねて、青年は口を開いた。
「ふたりとも?」
「いや」
答えは即座に返る。
「おまえさんの姉はKIAとは違うようじゃよ。生命反応はある」
わざとらしい軍隊用語が男の死亡を告げるが、それ以上に、敢えて姉の話に焦点をあてた老人が気に食わなかった。
けれど、話に乗らずにはいられなかった。
「生きているなら、捕まったのかな。――耐催眠訓練も受けてるし、口を割ったりはしないだろうけれどね」
「心配かね?」
「……そうだね。馬鹿な姉の所為で、いままでの労力がおじゃんになったらたまったものじゃないからね。
なにしろ――相手が悪い」
思わせぶりに瞬いた青年の視線にさらされても、老人は平然と構えていた。
枯れ木のような見た目を裏切って、この老人は、どんな強風にも倒れないだけの強靭さを持っている。
そういえば――初めて会ったときは、“老人”ではなかった、ような気がする。
不思議な違和感が青年を見舞う。
そもそも、この“老人”は、本当に“老人”だったのだろうか。
――そんなこと、いまは関係ない。
無意識のうちに流れそうになった思考を、青年はひと頭で引き戻す。
「あなたが用意した武器は、どれひとつとして効かなかった。
この数時間で僕らがした行動って、ふつうなら百人単位で死傷者が出ておかしくないはずだよ。
そんな相手とやらされて、報酬もなし、なんてことになったらあなただって本意じゃないでしょう」
「ふむ」
老人が頷く。
青年の言葉を、聞いていないようにさえ見える。
何を考えているのか、ふたりきりで対峙して改めて、青年は老人に畏怖を覚えた。
唐突に老人が腰を上げる。
公園で一休みしていた散歩を再開させるかのような挙動だった。
「ならば、確実に報酬を得るために、わしらも準備をしたほうがよさそうじゃ」
「どういうこと」
「あの娘が口を割ったとは思えんがの。来るぞ。迎撃の支度をしたほうがよかろうて」
「……どういうことさ」
「そのままじゃよ」
皺に埋もれた目元が笑いのかたちをつくった。
「やれやれ、こんな厄介な仕事になるとは思わなんだが。
お前さんも、報酬を望むのなら失態は取り返すチャンスじゃろ」
「――そもそも、依頼は“捕まえろ”じゃなかった?」
「ふむ、そうじゃった」
押し殺した忍び笑い。
青年が眉をひそめることも気にせず、老人はドアへと向かった。
「どれ、ひとつ点数稼ぎに報せてやるとするか。お前さんは支度をしとりなさい」
「言われなくてもわかってる」
無防備にさらされた背中。
青年は傍らのテーブルに放り出した銃把へ伸ばしかけた手を理性で押しとどめ、ちいさな後ろ姿が消えるのを黙って見送った。
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