The pure and the tainted

15.


ぼこ、と不快な音がたつ。間髪いれず、給水塔が傾く。
「デス!?」
山本が腰を浮かせたと同時に、
「ぎゃ!」
デスマスクの悲鳴があがる。
地面が揺れた。とっさに態勢を立て直そうと重心を整えた山本の眼前で、デスマスクのいた場所が、大きく陥没する。
蟻地獄に呑みこまれる小動物のように、デスマスクの身体が穴の奥に消える。
続いて崩れ、吸い込まれるように落下していく給水塔。
山本の動体視力は、奇跡的に穴から伸びた太い手をとらえていた。
その手がデスマスクの足首を掴み、階下に引きずり落としたことも。
埃が舞い、宙に立ち込める。
――下から天井をぶち抜いた!?
なんというパワーだ。
それにひきずられたデスマスクが無事で済むはずはない。
立ち上がった山本は、一気に全身に気をみなぎらせた。
埃が晴れるまでは狙撃もされないはず。そう踏んで、渾身の気合で抜刀する。
目にもとまらぬ三振り。
足もとにの地面がぱっくりと口を開け、躊躇なく、山本はそこに飛び込んだ。
階下に叩きつけられたコンクリート、そのうえに着地する。
「げほっ」
一瞬、噎せたのは呼吸のタイミングをミスしたからだ。
その僅かな隙に、何かがこちらに飛び掛かって来る。
「!?」
刃で受け止めず、身をかわしたのは天性の勘だった。
そうでなければ、力任せに投げられたデスマスクの身体を真っ二つにしてしまっていただろう。
「!!」
決して細身ではないデスマスクの身体が、背中から壁に激突する。
足場を揺らす衝撃、亀裂を走らせて崩れ落ち、外へと落下するコンクリート片。
いったいどれほどのパワーがかれを襲ったのか。
山本は反射的に振り返った。
うすぐらいフロアに、光が差し込む。
視線の先――とらえたのは、驚くほどの巨躯を持った、巌のような男だった。
全身を黒光りするスーツに包まれた体は、何よりも雄弁に男の筋力と、重量を物語っていた。
男が片腕を振り上げる。
――遅い!
「時雨蒼燕流、攻式一の型!」
車軸の雨。
常識を度外視した威力の突きで、男に襲いかかる。
コンクリートブロック数枚ならば容易く貫く技だ。
それを。
「!!?」
がち、と刃先を受け止めたのは、交差された、二本の丸太のような腕。
バックラッシュの衝撃は手首を緩めて逃す。
驚愕よりも先、身体が動いた。
振り下ろされる腕をかいくぐり、懐に飛び込む。
「篠突く雨!!」
「!!!」
男が構えを解いた。
――しかし、攻撃が無効化されたことなど、手応えが既に伝えている。
広げた両手。山本の刃を受け止めた男は、そのままの勢いで平手を薙いだ。
熊のような巨大な五指が空を切る。
その速度に対応し、攻撃態勢から守備へと瞬時に身体を切り替えられたのは、山本の才能にほかならない。
鍔近くで、返しざまの男の手を受け止める。
反動に抗わず、刀を倒した山本は、男の攻撃力を利用して斜め後方へと飛びずさった。
男が醜悪な笑みを浮かべる。
「……タケシ!」
直後にデスマスクの声が響いた。
声に導かれ、本能のままに山本は飛ぶ。
宙に翻ったジャケットに大きな穴が開いた。
男と、銃弾の二段構えの攻撃――壁に開けられた穴、硝子などとうになくなった空洞と化した窓。
弾丸が飛び込む場所は、いくらでもあった。
「……さすがにやりにきーな」
こんなときにも飄々と強がりを嘯いて、山本は刀を構えなおす。
視線は男に向けたまま、周囲の気配を探りつつ口を開く。
「サンキュ、助かったぜ。生きてて良かった」
「なんとかな。バッキバキだけどな」
軽口が答える。
山本は手首に力を込めた。
――もいっこ、逃げてみっか!
屋上と同様、足もとを切りつける。
コンクリートの砂塵。渡されていた鉄筋の梁ごとくりぬいた空間に、山本は身を躍らせる。
その後にデスマスクが続いた。
「苦戦してんな、雨の守護者さんよ」
「だって、アイツすっげーかてーの。あの全身タイツみてーなピッタピタのスーツ、鎧並み」
どこから襲うともわからない狙撃に用心をしながらでは、貫けないほどの硬度。
階下に着地すると同時、窓から差し込む日差しを避け、死角を探す。
「かなり前に、DEVGRUで硬度が要塞級の個人用スーツだか、開発されたってのは聞いた気がすんだが」
「なに? デブグル?」
「もとNavy SEALs、チーム6だよ」
「アメリカ特殊部隊!?」
思わずデスマスクを振り返った山本の耳に、轟音が響く。
その場に飛び上がった勢いだけで天井ごと降って来た男が、ビルを震わせながら、胴間声を張り上げた。
「ずいぶんとよく知ってるじゃねえか。さすがマフィアってか?」
耳障りの悪い米語。
マフィア――そう言ったからには、狙いは山本だ。無関係のデスマスクを巻き込むわけにはいない。
のそりと埃の向こうに立ち上がる巨漢に刃先を構え、山本は男の誤解を解こうと口を開いた。
「や、ちげえよ。コイツは、」
「おお、そうよ。ボンゴレ様を甘く見過ぎたんじゃねえのか?」
「デス!?」
「アンタが出るまでもありませんぜ“ボス”。コイツら、なめた真似しやがって。
 “ウチ”の怖さ、思い知らせてやりましょうぜ!」
「――って、」
山本に並ぶように歩み出たデスマスクは、どうみてもチンピラにしか見えない。
もとはさぞや高価であろうシャツなど、先ほどの攻撃でぼろ布同然になっている。
白銀の髪まで埃だらけになりながら虚勢を張る姿に、目の前の男は、すっかり騙された。
黄ばんだ犬歯を剥き出しにした巨漢が、恫喝紛いに声を低める。
「三下の雑魚はすっこんでろ。オレはそこの守護者様に用があるんだ」
「冗談じゃねえや。そうは問屋が卸さねえよ!」
――タケシ、気ィ溜めてろ。
脳裏にみたび声が響く。
デスマスクの背中が視界に重なった。首筋あたりに汗が光っている。疲労現象。
しかし、そんな様子は微塵も感じさせず、かれの“チンピラ芝居”は続いた。
「ったく、てめえらみてえなのがいるんなら、あんな化けモン用意するんじゃねえよ。
 よっぽど金が余ってんのか、ぁあ!?」
「!? 貴様、この短時間でよく調べたな」
太い眉が跳ね上がった。関係性の肯定――デスマスクがカマをかけていることなど、山本でも分かるというのに。
へん、とわざとらしく鼻を鳴らす。あからさまな挑発。
「ここはミラノだぜ? ボンゴレがどれだけでけぇ組織か、大西洋越える前にもっとリサーチしとくんだったな」
「……ふん、まあ、いい。たしかにオレたちはあんな人造のクリーチャーよりはるかに役に立つ。
 だがなあ、どの国の軍隊だって、オレたちみてえなスーパー・マンを何十人もそろえるのは無理だろうが。
 ましてや、オレたちはエリートだからな。国家の言いなりになって、へぇこらするなんざまっぴらごめんだ。
 だからどこでも作りたがってんだよ、オレたち並な超人の力を持った、
 犬のように従順で、頭の足りないドアホウなモンスターをな!」
言いきった男の耳元あたり、突如、無線が雑音をたてた。
『この馬鹿! なにペラペラしゃべってんのさ!?』
低い女の声。
男が盛大な舌打ちをする。
「耳元でがなるな、このアマ! 犯されてえのか!?」
『てめえのカスみてえなタマなんざ一発でぶち抜いてやるよ!
 ――そうじゃないだろ!? さっさと壁に穴開けな! 邪魔な三下はアタシが撃ち殺してやるから!』
「うるせえ、黙ってろ!!」
垣間見えるデスマスクの横顔が、不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい、いいのかよ? 名誉ある合衆国軍人様が、そんなお下品な言葉使って」
「そんなクソみたいなプライドなんてもんはな、脱走した時点で置き土産にしてやったわ。
 何が正義だ、倫理だ。そんなもんはあとからいくらでもこじつけられるだろうが!」
男の舌が滑らかなのは、油断が原因だろう。
勝利を確信したと同時に余計なアドレナリンに体内を支配されているのだ。
――そういうの、よく映画で見るな。
「脱走兵ときたか。――へえ、くだらねえ三流ヤンキー映画以外で初めて見たぜ。
 ってことは、てめえらも三流のヤンキーってことか」
「デカい口を叩いてんじゃねえ! この耐久装甲のパワードスーツ『プライベート・トーチカ』の前で、
 マフィアごときクソ以下の存在だと思い知らせてやるッ」
「クソクソ連呼してんじゃねえよ、このクソデブが。
 だせえスーツ着やがって、どこの魔界都市の住人だっつーの」
デスマスクが左手の人差し指と小指をたて、思いついたように、それを中指に変える。
呟くように言ったFワード。
男が歯軋りをした直後、再び無線が鳴った。
『いい加減にしな! 依頼内容、忘れたのかい!?』
「うるせえよ、ヒステリー! 連れてこいとは言われたが、交戦中死亡なんてのは作戦にゃつきもんだろうが! クソ女の言うことなんざ、適当にきいてりゃいいんだよ!」
『だからアンタは仕事にあぶれてくんだよ!――ったく、仕方ないね』
女の声音から波紋のような動揺が消えていく。インターバルは終わりのようだ。
目の前の男と、どこから飛来するかわからない攻撃を同時にさばくのは厄介だ。山本は口元を引き結んだ。
空気に揺らぎを感じたのは、またしても、錯覚だろうか。
男が太い指をごきりと鳴らした。
刹那、脳裏に閃く声。
――奥のビル、1時の方角!
とたんに、意識が澄む。
分厚いコンクリートの壁、路地、煉瓦塀――すべてを透かして、山本の焦点はスコープを覗く女の姿を捉えた!
――この距離ならいける!
「!!!」
男の目が見開かれた。
脳波に直結し、身体能力を何倍にも増加させるパワードスーツの反射速度をもっても、
山本の繰り出した一撃を阻止することはできない。
刀身が青白い炎を噴いた。
「時雨蒼燕流、特式!」
ベッカタ・ディ・ローンディネ―――物質の活動を原子から“沈静”させる雨の炎を纏う無数の突きが、
廃ビルの壁ごと宙を、空間を貫く。
スコープ越しの女の目が極限まで見開かれ――
外壁を落としたビルの床際に立ち止り、山本は充分な手ごたえを覚え、息を吐いた。
男の声が戦慄いた。
「貴様ら、なぜわかった!?」
「呑気に会話してるだけだと思ったのか、ケツ穴野郎。
 策敵してたんだよ、てめえが馬鹿みてえなゼリービーンズ・トークをしてる間にな」
「許さねえッ!!!」
地響き。
男の体が動く。
巨躯に似合わぬスピード。
「デス!!」
――間に合わねえ!!
半身を開いた山本の目の前で、男の腕が振るわれた。
いちおうの防御の態勢は取っていたはずだ。
それでも、デスマスクの身体はあっけなく後方に吹き飛ばされ、ぽっかりと口を開けた窓から地上に投げ出された。
「つぎはおめえだ!!」
「!!」
振り返りざま、男がこちらを目指す。
ビキビキと音をたてて二の腕の筋肉が膨れた。
――ラリアット、ってレベルじゃねー!
受ければ最後、その威力でかれも地上に投げ出されるだろう。
瞬時の思考。目をそらさず、山本は頭をさげ、男の巨躯を回り込む。
最高の薔薇ンス感覚と体移動、巨躯がくるりと回転した。
広げられる手、奥襟に伸ばされるそれ。
――やっべ!
冷や汗が背筋を伝った、とほぼ同時。
「!?」
足もとから内臓を揺さぶる地響き。
……立て続いたあり得ない衝撃に、耐久性をオーバーしたビルが土台から崩壊を始めたのだと気づくころには、
足もとが崩れ落ちる。
「まじで!?」
降り注ぐコンクリート片。
落下しながら刃峰でそれを防ぐ山本は、男の不快な笑みを見た。
巨躯を支える一条のワイヤー。相対的に落下する山本の視界から、男の姿が、消えていく。
時間にすればほんの一瞬。
山本の背中に地面が迫る。
運の悪いことに、かれを受け止めようと待ちかまえていたのは、断ち切られた太い鉄筋だった。
視界に迫る鈍色の凶器。
「――っ!!」
ネクタイが先端に触れた。恋人の名を唱え、観念して目を閉じる――
しかし、痛みはいっこうに襲ってくるどころか、落下の衝撃すらも消えていることに気づいて、
山本は恐る恐る片目を開けた。
「……あり?」
目に見えないクッションがあるかのように、かれの身体は宙に浮いていた。
重力から完全に解放されたと知覚するやいな、身体が動く。
態勢を立て直し、積み上がる瓦礫の外に。
着地。
世界がこれほど有害な塵埃に満ちることなど、早々、なくて構わない。
襲い来る大小さまざまな埃が納まるまで相当の時間を要した。
「……なんとか、間に合ったか」
満身創痍を全身あますことなく表現しながら、やがて、デスマスクが現れた。
ふらふらの足もと。6階から落下したにしては軽傷だと言えばいいのだろうか。
何をされたのかわからなかったが、何かしてもらったことは理解できる。
「また助けられた。ほんと、サンキューな」
「おうよ。死なれちゃ困るんでな」
「はは。――にしても、ひでえカッコな」
「お互い様だろ」
おまえほどひどくねーよ、と言い返すと、目の前でへたりこんだデスマスクは、「うるへ」と気の抜けた声で応えた。