The pure and the tainted

8.


獄寺の声に、デスマスクの背中が動いた。
前屈みの態勢のまま、吹っ切るように両手で髪を思い切り撫で付けたあと、背もたれに腕をかけてこちらを振り返る。
その隣で、アフロディーテも体ごとこちらを向いた。
目の前の椅子に山本が腰を下ろしたのを見届けてから、獄寺は改めて切り出した。
「まず、オレら全員が同じ化け物を見たってことは間違いねえな?」
獄寺のリードに従い、思い思いの首肯が返る。
勝手気ままな個人活動を続けていたように思える連中だったが、存外、指揮下に入ることには慣れているようだ。
「山本、状況説明しろ」
「おう……っつっても、さっき言ったまんまだけどな。
 デスんとこの角のフランコじーさんが連絡つかねーから、何か知ってっかな、って思って行ったら、
 いきなりドン、でガシャン。話の通じる相手じゃなさそーだったから、そのまま一気に戦闘になったっつーか」
「変わった様子はなかったか? たとえば……上空にヘリが飛んでいたとか」
「ヘリかぁ。気づかなかったけどな。アフロディーテは?」
山本が視線を向けると、半ば夢心地のように蕩けた美貌が小首を傾ぐ。
「よくわからない。寝てたし」
「朝、家を出たときはいつも通りでした」
フォローはシュラが入れた。
「家に関して言えば、これといって異常な気配も状況もなかった」
「前触れなし、か。よく直撃食らわなかったな。ったく、馬鹿な分、運が良くてよかったな、おまえ」
「それはアフロディーテが教えてくれてさ――薔薇がどうとかって」
何気ない山本の一言で、アフロディーテに視線が集中した。といっても、獄寺と山本は微妙に視線を逸らせている。
寝ぼけ眼の状態でも、直視できるようになるまでまだ時間がかかりそうだった。
「ロディ。咲いたのか?」
「ん。いきなり。それで起きた」
「そこにタケシがちょうど良く来ちまったってことか?」
「ん」
3人の間で交わされた会話に、獄寺が説明を求める。
一瞬、シュラの眉間が険しくなり、答えにあぐねる様子を見せると、デスマスクがさりげなく片手をあげて対応を請け負った。
「こいつの傍に危険があると、自衛の薔薇が咲く仕掛けになってんのよ、家。……タケシ、見てねえか?」
「……そういや、庭、すっげー薔薇だらけだったな。似合わねーって思ったけど、そっか。趣味とかじゃねーのな」
「庭つっきったのか!? 具合悪くなったりしてねえか?」
「ん? や、べつにこれといって……あ、でもちっと体が重かったかも?」
頭を掻く山本に、唐突にアフロディーテが
「タケシ、すごかった」
場を凍り付かせかねない発言に、なぜか獄寺が焦ってしまった。
しかし、シュラもデスマスクも平然としているので、どうやら、これがこの美人固有の回路なのだろう。
「デモンローズの香気を吸っていたのに、首を刎ねたよ」
「そりゃ……、」
さすがボンゴレ二大剣豪、とデスマスクが決して揶揄ではない口笛を吹く。
シュラの目が驚きをたたえ、山本を見た。
「や、なんかはえーし、重いし、場所が場所だしって困ってたら、首落とせってアフロディーテが言ってくれてさ。
 なんだっけ、黒い薔薇で足止めてくれたから」
「首刎ねるなんて、よく思いついたじゃねえか。」
「まえにサガが言ってた。
 正体がわからない人間じゃないのと戦うときは、真っ二つにしてみるか、首を落としてみろって」
「よく覚えていたな。偉いぞ」
素直にシュラが賞賛を送るが、えらい物騒な内容だ。
尤も、自分もマフィアである。人様の来歴をどうこう言える身分ではない。
褒められたことが嬉しかったのか、アフロディーテが少し笑った。そして、
「あれには、双魚宮のやつより弱いけどデモンローズがぜんぜん効いてなかったのだ。
 タケシにはちょっと効いてたのに」
「え? なに? なんかされてたの、オレ」
「ん。でも、タケシ、あれを斬った。腸が丸見えになるくらい。なのに死ななかった。だから」
首を落としてみるように、アドバイスした。
「もし落ちても生きてたら、本当の化け物だと思った」
神話の怪物、あるいは、神の眷属。
もしもそうであったなら、アフロディーテたちが戦って来た相手のままに形容できただろう。
もちろん、獄寺にも山本にも与り知らないところだ。
「つまり、斬られても何されてもダメージがなかったが、首を切られたら死んだってことか?」
獄寺は話を掌中にたぐり寄せた。意外にも、それにはアフロディーテが応えた。
「厳密にはちがう」
先ほどとは心無し口調が変化したように感じる。錯覚だろうか? こちらを見る視線も、どこか力が異なるような……。
「物理的なダメージはあたえた。タケシの剣も、わたしの薔薇も。ただ、致命傷にはならなかったのだ」
美貌に気を取られないように必死で理性を強化しながら、獄寺は脳裏に言葉を反芻する。
なるほど、その言葉には覚えがあった。
シュラの手刀で手首を落とされた瞬間、たしかに、化け物の苦悶を感じた。
たいして面白くもなさそうに顎を撫でながら、デスマスクが言った。
「毒が効かねぇ程度に五感が鈍く、傷を負っても即座に治るくらい回復力が速いってこったな。
 で、指揮する脳と切り離されて始めて動きが止まる」
「死んだら溶けたのだ」
「なるほどねえ。――別嬪さん、どうやら相手は“化け物”じゃねえな」
言われた言葉に説明を求めると、デスマスクは品の悪い片笑いでシュラを指さした。
「コイツがぶったぎった感触は、血肉のあるもんだったって話だ。
 だから、アレは“化け物”じゃねえ。立派に“生き物”ってことになる」
本当の化け物は、首が落ちようが死ぬことはない。
一塊の灰になっても、たとえば、そこに唯一の「弱点」でもない限り、あらゆる生命の論理からかけ離れた存在を言うのだ。
「うちを直撃したからな、俺らが狙われたってぇのも考えたが。どうやら、そうじゃねえらしい」
「そう考える根拠は」
「化け物だったら、俺らの誰かが原因ってのもあり得た。化け物で、かつ、自然物だったらな。
 ――ああ、悪いな、うまい説明はできねえんだが、そういうことで納めてくれ。考えついたら、きちんと話す」
説明=言い逃れに聞こえた獄寺は双眸を眇めたが、現状、それを咎める流れではないことを知っている。
黙って、先を促した。
「俺らの目の前で、あれはヘリから落ちて来た。でもって、籠は爆発」
「獄寺さん、爆発すると何故わかったんです」
「ああ――耳がいいんだよ」
おざなりに答えながら、獄寺は口元を覆う。
あのとき、かれの耳は音を聴いた。動物の鼓動や、生命活動に関する音ではない。
きわめて人工的な音。思考がめぐる。
獄寺が考えこんだ僅かな間に、山本が状況を問い、シュラがそれに答えていた。
あの棺のような黒い物体が人工物であることは、金属である以上明らかだった。
化け物だと思っていたあれを納めていた棺。機械音。そして“あれ”は溶けて消えた。
かれらが重ねて来た戦闘の記憶が、自然とある仮定を導いた。
「生命活動を維持させるのに何らかの機械を必要とする人造の生物」。
唾棄すべき人体実験という言葉は、マフィアの歴史にも刻まれてしまっている。
かといって。
獄寺と山本はお互いの顔を見合わせた。
「――人体実験なんざエストラーネオ・ファミリーが壊滅して終わった話だ。ミルフィオーレもこの世界にはいねえ」
「だったらマフィア絡みじゃねーのかも、って可能性は?」
「ありえない話じゃねえが」
襲撃された理由と標的は、残念ながら現段階では掴めそうにない。
しかし、何らかの科学的な力が関与しているのであれば、襲撃者の正体を探る糸口にはなる。
ひとしきり思考をまとめ終えた獄寺は、よし、と独白で頷き、顔を上げた。
「目的がわからない限り、ボンゴレは警戒態勢を取る。山本、てめえは一先ず本部に行け。
十代目の警護態勢を整えろ。万が一、街中に出現したら、ことだ。いつでも出れるように用意はしとけよ。
総員配置でいけ」
「おう」
「オレは州庁行ってくるわ」
「獄寺ひとりで? 危ねーよ!」
「怒鳴んな馬鹿、んなこたぁわかってるよ」
もし同じ“生き物”に襲われたとしたら、残念ながら、獄寺の持つ戦闘能力では単体で敵う相手ではない。
自分の力量を見誤るほど子どもではなかった。
不安げな表情の山本を制して、獄寺は壁際のシュラを振り仰いだ。
「家があんなんなっちまって忙しいところ悪いんだが。雇ってもいいか?」
「それは――」
躊躇ったようにシュラの視線がリビングへ流れる。
アフロディーテの大きな瞳が何度か瞬き、ややあって、デスマスクが肩をすくめた。
「行って来い。稼げ稼げ。
 ボンゴレの調査班がうちを出入り禁止にしてんだ、どうせしばらく後始末も何もできやしねえよ。
 今のうちに稼いで、ついでに賠償請求先を見つけて来いや。ロディもこれから金が要るってわかってんだろ?」
「ん。行ってらっしゃい」
デスマスクの無骨な手に髪をかき混ぜられながら、アフロディーテがゆるく頷いて手を振る。そして
「でも、浮気はだめ」
「そんなことはせん! おれをデスと一緒にするな」
「でも、さっき赤かった」
「!」
固まってしまったシュラは置いておくとして(ついでにもの凄い形相の笑顔で凍った山本もこの際、無視だ)、
獄寺は立ち上がる。
「デスと、アフロディーテ。不便だろうが、しばらくうち、使っててくれ。
 ホテルの用意もできなかねえが、あんたらに的がうつってないとも限らねえからな。
 大家もほかの住人も退避させっから、ここなら少なくとも、大惨事にはならねえし」
「おいデス、くれぐれも失礼を働くな」
「俺に言うんじゃねえ。そういうのはロディに言えや」
「わたしは何もしない。……シュラも何もしない?」
「……ごくでら、オレ、シュラと替わる」
「我が儘言ってんじゃねえ! 誰がボンゴレの指揮採んだ、誰が」
状況にそぐわない気の抜ける賑やかさで満ちた我が家の状況に、獄寺は、顔を覆って溜め息をこぼした。
かれらの正体の言及は、一段落、あるいは一息ついたときに行うと決め、今は、目の前で見た事象のみを信用する。
脳内で手順の整理を行い、予断と、推測をそれぞれべつの箇所に記憶しながら、獄寺は出かけるための身支度を始めた。