The pure and the tainted

7.


液晶画面が、無惨な破壊にさらされた家屋を上空から映し出している。
『――時41分ごろ、落下物に破壊された現場上空です』
住宅密集地にぽかんとあいた穴。
カメラに向かって身を乗り出した年若いアナウンサーが、真剣なまなざしを視聴者に向ける。
『幸い、住人は不在で怪我人はなく、付近の住人によりますと、
 突然、大きな音と激しい振動で目を覚ましたそうで、
 サンタンドレア通りの事件同様、目撃者は見つかっていません。
 警察は引き続き目撃者を捜索する、と発表するに留まっています。中継は以上です!』
スタジオに渡された画面。
ニュース番組で見知ったアナウンサーが短く礼を告げ、傍らのコメンテーターを振り返った。
『教授、今回の事件ですが、考えられる可能性としては、先ほど仰ったように、人工衛星、
 あるいはデブリの落下という捉え方で間違いはないのでしょうか』
『そうですね。まず間違いないでしょう。
 近年では、アメリカNASAのUARS、ドイツDLRのROSATのように、
 運用を終えた人工衛星が制御できずに地球に落下する、といった事件が多く起きていますから、
 今回の事件も同様の可能性が考えられるでしょう。
 落下時刻より少し早く、上空で謎の爆発が起きたという報告も入っており、
 加熱した各国の宇宙開発によって、今後、こうした危険が――』
訳知り顔で解説を続けるスタジオ風景を観て、獄寺は短く吐息をついた。
情報操作は無事、終了した。
ちょうど一通りの指示を終え、耳元からスマートフォンを離し、ポケットに仕舞う。
お疲れ、と声をかけながら、山本が差し出したコーヒーカップを受け取り、そのまま、獄寺は壁に背を寄せた。
テレビの前。リビングのソファには、がくりと項垂れたデスマスクの姿がある。
「俺の店……」
呟きに同情を禁じ得ない。下町とはいえ、坪単価が馬鹿にならないミラノで一国一城を構えていたのだ。
どれだけの苦労があったのか忍ばれる。
その隣にぴとりと張り付いて膝を抱えている豪奢な金髪の美女は、デスマスクを慰めているようにも見えた。
――だが。
「……なあ、シュラ」
獄寺同様、壁際に立っていたシュラに近寄り、獄寺は声を潜める。
固い上腕に肩先が触れる位置。相手の注意がこちらに向いたことを確認し、
「あれ、いいのか?」
リビングに向けたままの視線で、ソファのふたりを示す。
「あれ、と言うと?」
「あれ――お前の彼女なんだろ」
「?」
「いいのかよ」
シュラが眉根を寄せる。
質問の意味がわかっていないのだろう。眉をひそめたいのは、獄寺のほうだというのに。
何しろあの美女は、数十分前、獄寺と山本のアパートメントでシュラと再会した瞬間に、
目も当てられないほどのきつい抱擁でお互いの無事を喜んだのだ。
無言で広げたシュラの両腕に飛び込んだ美女――アフロディーテ、という名前を恐れ多いと思った自分が馬鹿だった、
と後悔し、鉄壁の理性を自称する獄寺をもってしても、たっぷり数分は顔を赤くして見惚れ、言葉をなくした美貌の持ち主が、噂に聞いていたシュラの恋人なのだということはすぐに知れた。
しれっとした顔をしてやるな、と状況を忘れて密かに賞賛したくらいだ。
その美女は、しかし、いま、べつの男にしっかりと寄り添っている。
答えを促すように、すぐ間近のシュラを一瞥した獄寺に、怪訝な視線が返された。
「……何か問題でも?」
「問題って――問題ないのか? 彼女だろ」
「いえ、彼女、ではないので」
「あ? だったらさっきのは何なんだよ?」
「獄寺さん……近いです」
困ったように身を避けたシュラの視線が、獄寺の頭上を通り越す。
つられて振り向いた先には、キッチンから舞い戻った山本の眇めた視線だ。
大の男が拗ねたように、口元をとがらせる。
憮然とこちらに向かって来た山本は、獄寺の正面に立ち、
「オレにはこっちのが問題に見えっけどな」
「はあ? 何がだよ」
「アフロディーテはいーんだよ、あれで。な」
初対面にも関わらず、すでに慣れ親しんだ相手への口ぶりで、山本がシュラに振る。
さりげない動作で獄寺から離れたシュラは、肯定なのか否定なのかよくわからない相づちで、山本に発言を委ねた。
獄寺は、見下ろしてくる山本を真正面から見上げる。
「なにが良いんだよ。わかるように話せねえのか、おまえは」
「あれでいーってこと。浮気とかじゃねーから。っつーか、人の心配よりおまえのが心配な、オレ」
「浮気じゃねえって……」
「いっぷたさいだっけ? それの反対。――ね、ごくでら、オレの話聞いてる?」
「一夫多妻の反対?」
一夫一婦しか思いつかず、獄寺は首をひねる。
「たふいっさいになんのか?
 それより、なんで獄寺は他の男にくっついたり、アフロディーテ見て顔真っ赤になったりすんの」
「多夫一妻……?
 そんな言葉はねえよ、馬鹿。ってか、あんな美女相手に素面でいられる男なんていねえだろ、普通は」
長年連れ添ったふたりの会話に、口を挟むタイミングを計りかねていたのだろうか。
躊躇いを前面に押し出した口調で、シュラがふたりの間に割って入った。
「あの――ロディは彼女でも妻でもないんだが」
「だったら、まさか……お前の方が間男か!?」
「いえ、そういうわけでは」
「だからさ、獄寺。何でそんなに気にすんの」
「気になるだろうが! うちでおかしな修羅場になられたらどうすんだよ!」
「それはありません」
「断言できんのか?
 ただでさえ得体の知れねえ化けモンに襲われるわ、これ以上面倒ごと抱えんのはごめんだぞ、オレは」
「できるよな、シュラ。多夫一妻だもんな」
「だからそんな言葉はねえって言ってんだろ!?」
「はあ。――妻、ではないんですが、まあ」
朝から起きた出来事で、獄寺の思考回路は疲弊しきっていた。
なぜかムキになる山本と、妙な回答をよこすシュラに挟まれ、諦めの溜め息をつく。
冷め始めたコーヒーを一口飲んで、一先ず、強引に会話を終わらせる。
「面倒ごとにならねえんなら、まあ、いい。それより今は対処しなくちゃならねえことがあるからな」
自分に言い聞かせるような言葉で意識を切り替える。
こうした理性の制御は、獄寺にとって苦ではなかった。
 多夫一妻の真相と、アフロディーテが男である、という常軌を逸した真実を導く方程式よりは、よほど容易い。
「デス。それと――アフロディーテ。いいか?」
リビングのふたりに声をかけ、自らは率先してテーブルの椅子を引く。
山本がリモコンを手にして、テレビを消した。
どうせ流れてくる情報は、獄寺が作り上げたものなのだ。
万が一、規制に漏れがあった場合は、即座に連絡が来るだろう。
真相を伝えられないニュースなど、今はまったく必要がなかった。
「とりあえず事後処理とうちで出来る対策は済んだ――待たせて悪かったな。
 オレらの話、整理しようぜ。誰が誰を、何のために狙ったのか。あるいはまったく別なのか。
 少しでいい、判断の足しが欲しい」